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岡山地方裁判所 昭和26年(行)12号 判決

岡山県英田郡西粟倉村大字影石二百二十五番地

原告

福島昇治郎

右訴訟代理人弁護士

河原太郎

岡山県英田郡林野町

被告

林野税務署長

藤田尚

右指定代理人

加藤宏

西本寿喜

市川万亀雄

米沢久雄

右当事者間の昭和二十六年(行)第一二号所得金額更正の取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十五年十二月二十三日附をもつて原告に対してなした昭和二十三年度所得税の総所得金額を金三十六万六百十七円と更正した処分はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十四年一月三十一日附で被告に対し、昭和二十三年度分所得税に関する総所得金額を金十六万三千四百五十七円と確定申告したところ、被告は昭和二十五年十二月二十三日附をもつて、右総所得金額を金三十六万六百十七円と更正し、同月二十四日原告に通知したので原告はこれに対し、昭和二十六年一月十日審査の請求をしたが、その後三ケ月を経過するも何等の裁決もしない。しかしながら、原告の昭和二十三年度における製品販売高は金百二十三万三千五十八円であるのに、これに対する総必要経費は金百五十四万八千二百九十七円八十八銭で被告のなした右更正処分は原告の真実の所得を遙かに越えた不当なものであるからこれが取消を求めるため本訴請求に及んだ次第である。と陳述し被告の妨訴抗弁に対し、被告が昭和二十四年二月二十八日附をもつてその主張のような更正処分をなし、同年三月四日右処分を原告に通知したこと、ならびに、原告が右更正決定に対し、審査の請求をしていないことはいずれもこれを認める。しかしながら、原告が本訴において、取消を求める昭和二十五年十二月二十三日附の行政処分は右の昭和二十四年二月二十八日附の更正処分を全部取消してこれを消滅せしめたうえ、あらためて、原告の昭和二十三年度分所得額の更正処分をなしたものと解すべきである。仮りに、右の昭和二十五年十二月二十三日附の行政処分が被告の主張するように減額処分であるとしても原告に送付された通知書の書式および記載内容からこれをみると、通常の更正処分のそれと全然同一であつて、原更正処分を一部取消す旨の表示もしていない。行政処分の解釈についてはその処分をした当該行政庁の真意によつてのみこれを判定することになると、その相手方たる国民は不測の損害を蒙るおそれがあり、しかもこれに対する救済を求める道をも阻む結果になるから表示主義の原則を徹底させなければならないことは当然で右の昭和二十五年十二月二十三日附の処分もこの原則にもとずき通知書の表示に従つてこれを更正処分と解すべきである。と述べ、被告の本案の答弁に対し、原告が被告主張のような営業を営むものであること、ならびに臨時物資需給調整法違反被疑事件の被疑者として昭和二十二年十二月被告主張のとおり押収令状の執行を受けたことはいずれもこれを認めるがその余の事実はすべてこれを否認する。原告は小規模の個人企業者であるため期首、期末の在庫品高の調査はしていないが昭和二十三年度は厳重な統制経済の時代であり、材料の入手も頗る困難であつた、従つて、期首在庫品高と期末在庫品高の差額は被告主張のように多額ではなかつたのであつて、原告の概算したところによると、両者の在庫高はいずれも約二百五十万円程度である。また製品販売高は原告が昭和二十二年十二月二十八日頃から精神分裂病に罹り、その後相当の期間これが療養につとめていたため例年にくらべて特に減少し、その合計は金百二十三万三千五十八円であつて、被告の主張は過大である。とくに被告主張の製品販売高のうちには昭和二十四年度中に販売したものも含まれているのである。と述べ、立証として、甲第一乃至第三号証、同第四号証の一乃至四、同第五号証の一、二、同第六号証、同第七号証の一、二、同第八号証の一乃至四、同第九号証、同第十号証(写)を各提出し、証人久保雅平の証言ならびに、原告本人訊問の結果を援用し、乙第三、四号証の成立はいずれも知らない、その余の乙号各証の成立はすべてこれを認める。と述べた。

被告指定代理人は、本案前の答弁として、主文と同旨の判決を求め、その理由として、原告は被告が昭和二十五年十二月二十三日附で原告の昭和二十三年度分総所得金額を金三十六万六百十七円とする更正処分をなしたものと主張し、その取消を求めるものであるが被告において、右のような更正処分をした事実はない。即ち、被告は、原告の昭和二十三年度分所得税に関して、昭和二十四年一月三十一日附で提出した確定申告書による申告所得額金十六万三千四百五十七円に対し、調査の結果これを不当として、同年二月二十八日附で右所得金額を、金五十万二千三百四十五円に更正し、この処分は同年三月四日原告に通知したのにかかわらず原告はこれに対し、審査の請求をしていない。しかして被告が昭和二十五年十二月二十三日附でなした処分は右の昭和二十四年二月二十八日附更正処分につき原告の陳情にもとづいて、被告において、調査発見した誤謬を訂正し、その一部を取消す減額処分であつて、新に更正処分をしたものではない。右の減額処分の実質は原更正処分の一部取消にほかならず先の更正処分と一体をなして当初から訂正された内容の処分があつたと同様に扱われるべきものである。従つて、不服申立の対象となるのは原更正処分であつて減額された部分を除く、原更正処分の総所得額の当否が出訴の対象となるべきものであるから原告が本訴において取消を求めんとする昭和二十五年十二月二十三日附の減額処分は独立して不服申立の対象となるに適しないものである。結局本訴は訴訟要件を欠いた不適法なものであるから却下を免れない。と陳述し、更に、被告が昭和二十五年十二月二十四日原告に対し、同月二十三日附で原告の昭和二十三年度分総所得金額を金三十六万六百十七円と更正する旨の記載をした所定の所得税更正決定通知書を送付したことは認めるが右通知書は、被告税務署係員が減額処分通知と表示すべきところを誤つて更正決定通知と表示したものであつて、通知手続上かかる誤記があるからといつて真実になされていない更正処分が存するものということはできない。しかも原告は右通知を受けた当時これが減額処分の通知であることを知つていたものである。と附演し、

本案に対する答弁として、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、原告主張の事実中原告がその主張のように昭和二十三年度分所得税の確定申告をしたこと、ならびに、被告の昭和二十五年十二月二十三日附の減額処分に対し、原告がその主張のような審査請求をなし、右審査請求の日から三ケ月を経過するもこれに対する裁決がなされなかつたことはいずれもこれを認める。と陳述し、仮りに、被告の右昭和二十五年十二月二十三日附の減額処分に対し不服申立が許されるとしても右処分は次に述べる如く適法なものである。

即ち、原告はその肩書地の福島織布工場において、絹および人絹織物の製造ならびに販売業を営むものであるが昭和二十三年度における営業の所得状況については、期末在庫品高を金二百四十四万八千六百三十三円六十二銭、製品販売高を金三百七十五万四千八百六十八円四十銭と認め、その合計金六百二十万三千五百二円二銭の収入の部に計上し、期首在庫品高を金三百六十五万七千三十四円二十銭仕入高を金三十六万三千七百三十六円三十五銭、その他の必要経費を合計金八十三万千六百三十三円二十五銭と認め以上合計金四百八十五万二千四百三円八十銭を支出の部に計上したので差引同年度における原告の総所得額は金百三十五万千九十八円二十二銭であつて、前記昭和二十五年十二月二十三日附の減額処分により減縮した所得金額を遙かに上廻るものである。しかして、右数額の算出方法は、

(一)  期首在庫品高につき、

原告は昭和二十二年十二月に臨時物資需給調整法違反被疑事件の被疑者として、林野検察庁により原告の在庫製品ならびに材料を押収され昭和二十三年三月に右押収を解かれた事実があつたので当時の押収調書によつて製品の品目、数量を把握したほか、昭和二十二年九月現在の在庫製品の材料報告書(価格差益金算出のための報告書)により報告した製品、材料を基準として、原告の昭和二十二年十二月迄の製品の販売数量ならびに右製品の使用材料を勘案して昭和二十三年の期首在庫品高を製品別および材料別に把握し、右押収調書によつて、算出した数量と右報告書によつて算出した数量とを相対応せしめて期首における製品および材料の各数量を算出し、各々公定価格によつて算出したものであり、

(二)  期末在庫品高につき、

右(一)によつて算出した期首在庫品高に原告が昭和二十三年度中に仕入れた材料および販売した製品ならびにこれらの製造に要した材料をそれぞれ勘案して算出したものであり、

(三)  製品販売高につき、

原告が林野検察庁に対し、昭和二十三年度中に販売した製品の品目ならびに数量を報告した書面があつたので右書面によつて把握した販売製品の品目、数量に対して、原告の販売実績により、製品別に、販売単価の判明したものについては販売実績価額により、販売単価の不明な製品については生産者販売価額(公定価額)を適用して、それぞれの販売高を算出したものである。

と述べ、

立証として、乙第一号証、同第二号証の一、二、同第三、四号証、同第五号証の一、二、同第五号証の三の一、二、同第五号証の四乃至六、同第六号証の一乃至七、同第七号証の一乃至三、同第八号証の一乃至四、同第九号証の一、二、同第十号証、同第十一号証の一、二、同第十二号証、同第十三号証の一乃至三、をそれぞれ提出し、証人金谷定重および田中鋭郎の各証言を援用し、甲第一乃至第三号証、同第四号証の一乃至四、同第五号証の一、二、同第六号証の各成立はすべてこれを認める。甲第十号証は原本の存在ならびにその成立を認める。その余の甲号各証の成立はいずれも知らない。と述べた。

理由

よつて先ず被告の本案前の答弁について判断する。

原告が昭和二十四年一月三十一日附で被告に対し、昭和二十三年度分所得税に関する原告の総所得金額を金十六万三千四百五十七円とする確定申告をなし、これに対し被告が同年二月二十八日附で原告の同年度総所得金額を金五十万二千三百四十五円と更正し、この処分は同年三月四日原告に通知されたがこれに対し、原告より所定の期間内に審査請求をしなかつたことはいづれも当事者間に争いがないから右更正処分は確定し、原告はもはやこれを争うことを得ざるにいたつたものというべきである。しかるに、被告が昭和二十五年十二月二十四日原告に対し、同月二十三日附で原告の昭和二十三年度分の総所得金額を金三十六万六百十七円と更正する旨の記載をした所得税更正決定通知書を送付したことは当事者間に争いがない。原告は右処分はこれに先行する昭和二十四年二月二十八日附の更正処分と全く別個独立の更正処分である旨主張し、本訴において昭和二十五年十二月二十三日附の行政処分の取消を求めているのに対し、被告は該処分は昭和二十四年二月二十八日附の更正処分につきその総所得金額の一部を取消したもので減額処分であるから独立して不服申立の対象となるに適しないので本訴は却下を免れないと主張するところ、前認定の事実に成立に争いのない甲第三号証および乙第一号証ならびに証人金谷定重の証言を綜合すると、前記の昭和二十四年二月二十八日附更正処分の通知を受けた原告はこれに不服があつたので、被告に対し右更正処分による総所得金額の減額方を再三、再四口頭をもつて陳情した結果被告において口頭による陳情は所得税法所定の適法な審査の請求にはあたらないにしても右更正処分による総所得金額を減額するのを相当と認め、昭和二十五年十二月二十三日附をもつて、原告の昭和二十三年度分総所得金額を金三十六万六百十七円とする減額処分をなした。ところが、右処分を原告に通知するにあたり、被告税務署係員が通常の更正決定通知書の用紙を用いそのままの表示で原告宛に通知したものであることが認められる。原告は右通知書の形式が通常の更正決定のそれと同一であるところからこれより先になされた昭和二十四年二月二十八日附の更正処分と無関係な独立した更正処分である旨主張するけれども証人金谷定重の証言によれば右の減額処分の当時、原告は税務署係員より該処分が適式の審査請求に対する更正でなくさきの更正処分による総所得金額を任意に減額したものである旨告げられていたことが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。そうだとすれば原告は右昭和二十五年十二月二十三日附通知書に特にその旨の記載がなされていなくてもその実質が更正でなく原告の利益のためになされた減額処分であることを内容的に十分理解していたものというべく被告が通常の更正決定通知書の用紙を使用してなした一事をもつてこれを原更正処分と別個になされた新な独立の更正処分であると断定することはできない。

叙上認定の事実によれば不服申立期間の徒過により原処分が確定した後において誤謬ありとして原告の利益のために任意に所得金額を減額訂正したのであるからそれを捉えて新な更正処分なりとなしこれに異議ありとして審査の請求をすることは許されない。蓋しかかる場合更正をなし得る規定はなく、原処分を訂正した処分により納税義務者たる原告は利益こそ受けても不利益を蒙るものではないからである。

以上のとおりで本件訴は本来不服申立の対象とすることのできない減額処分の取消を求めるものであるから不適法であること明らかであつて、かつその欠缺を補正することができないものであるから爾余の争点に対する判断をするまでもなく、これを却下すべきである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林歓一 裁判官 藤村辻夫 裁判官 川端浩)

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